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新入荷!激動の幕末に造られた「会津銀判」その稀少性とは?

更新日:2023年3月31日


江戸時代は、各藩で金銀貨が鋳造されました。

今回ご紹介する会津銀判もそのうちの一つです。会津銀判には、一両・二分・一分と種類があることが分かっています。今回入荷したものは、二分となります。いずれも稀少なもので、「日本貨幣カタログ2023」を見ても価格がついていません。

デザインをみてみると、表には、天皇および皇室(朝廷)を示す16弁の菊の紋章、その下には会津若松を象徴する、若木の松の枝が描かれます。

会津銀判が造られたのは、幕末。


当時、会津藩主であった松平容保は、尊攘派による治安悪化のため、新撰組を統括し京都守護職というポジションに就きます。そしてこの容保が追い求めたのが、朝廷と幕府が一体となって国の難局にあたる公武合体の実現でした。時の天皇、孝明天皇の信頼も厚かったようです。

菊の紋章を地方の藩が使用することは異例とされました。硬貨に描かれる菊、若木の松の枝や裏面の「會」字の刻印から、公武合体や鋳銭宣下(貨幣を増鋳し、朝廷の要請に応じること)を記念して造られたものと考えられます。

流通の可能性もありますが、現存数が少ないため試鋳段階にとどまったとされる意見もあります。

幕府と天皇への忠誠を貫きながらも、孝明天皇崩御ののちは、明治新政府によって「朝敵」として征討されるという会津藩の“悲劇”を迎えることになります。

激動の幕末のロマンが詰まった逸品が、こちらの会津銀判となります。会津銀判二分(日本貨幣商組合鑑定書付)については、メールam(もしくはお電話(0120-478-548)で問い合わせください。メール(mail@shinbashistamp.co.jp)もしくはお電話(0120-478-548)かLINEで問い合わせください。




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